横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)669号 判決 1976年5月10日
原告
曾田夕子
被告
三枝丑之助
主文
被告らは、原告に対し、各自、金一五六万八四五二円及び内金一四一万八四五二円に対する昭和四六年五月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
但し、被告らにおいて各金五〇万円の担保を供するときは、それぞれ右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告らは、原告に対し、各自、金四三一万六四四四円及び内金三九一万六四四四円に対する昭和四六年五月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
次のとおり交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。
(1) 発生日時 昭和四六年五月一二日午前一時三〇分ころ
(2) 発生場所 川崎市幸区下平間二〇七番地先路上
(3) 加害車 普通乗用自動車(横浜五五ね二六七一号)
運転者 被告 松本剛
(4) 被害車 普通乗用自動車(横浜五五に三三五四号)
運転者 原告
(5) 態様 前記番地先を鹿島田駅方面から古市場方面に向かい走る道路(以下、原告進行道路という。)と遠藤町交差点方面から中丸子方面に向かい走る道路とが交差する下平間交差点(以下、本件交差点という。)において、鹿島田駅方面から進行してきた被害車が赤点滅信号に従い交差点手前で停止中、被害車進行方向に対し右側の遠藤町交差点方面から進行してきた加害車が、本件交差点において突然左折し、そのためハンドルを十分転把できず、本件交差点から原告進行道路に進入するに際し道路右側部分を走行するに至り、加害車前部と被害車前部とが衝突した。
(二) 原告の傷害及び後遺症の部位及び程度
(1) 原告は、本件事故の衝突の衝撃により、頸部捻挫、背部及び腰部挫傷、両膝部挫傷、右膝部擦過傷の傷害を負い、そのため、本件事故直後から昭和四六年八月二八日まで橋爪外科医院において通院治療を受け、同年一〇月一三日から同年一二月一〇日まで三角接骨院において通院治療を受け、同年同月一一日から昭和四七年三月六日まで服部施術院において通院治療を受け、その後自宅療養を続けたが軽快せず、昭和四八年四月から昭和四九年七月二二日まで横浜市立大学医学部付属病院において通院治療を受けた。
(2) 原告は、右傷害のため、自覚症状としては、頭痛、吐気、肩凝り、頸部痛、耳鳴、めまい、腰痛、著明なバレー症状、他覚症状としては、頸椎に全方向に軽度の運動制限の障害、その程度及び内容としては、上肢の病的反射陽性、四肢の腱反射軽度亢進、バレー症状及び軽度の脊髄障害を認めうる後遺障害を負うに至り、右障害は昭和四九年七月二二日固定し、このため今後作業能力の低下があり、日常生活にも支障をきたすこととなつた。
(三) 責任原因
(1) 被告三枝は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条により、本件事故の結果原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
(2) 被告松本は、加害車を運転中安全な速度と方法により進行する注意義務があるのに、これを怠り、右(一)の(5)のとおり本件交差点内で突然左折した過失により、ハンドル操作を誤り本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、本件事故の結果原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
(四) 損害
(1) 治療関係費 金一八万〇六四〇円
原告は、右(二)の(1)の各通院治療により、合計金一四万八〇〇〇円の治療費の支出を余儀なくされ、かつその通院のため、金三万二六四〇円の交通費の支出を余儀なくされ、以上合計金一八万〇六四〇円の損害を蒙つた。
(2) 休業損害 金二五三万五八〇四円
原告は、本件事故当時、株式会社不動産みやこ屋建設に勤務して経理事務にたずさわり、一ケ月平均金七万〇四三九円の収入を得ていたが、右(二)の(1)の傷害のため、本件事故当日から昭和四九年五月一一日までの三年間休業を余儀なくされ、その間右収入を得られず、合計金二五三万五八〇四円の損害を蒙つた。
(3) 逸失利益 金六二万九三五二円
原告は、右(二)の(2)の後遺障害のため、これが固定した昭和四九年七月二二日以降も、従前の労働能力の四〇パーセントを喪失し、この状態は少なくとも向後二年間継続する。従つて、右後遺障害のため原告が失つた得べかりし利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して求めると、その現価は別紙計算表(1)のとおり金六二万九三五二円となる。
(4) 慰藉料 金一三九万円
本件事故により原告が蒙つた精神的損害を慰藉するには、右(二)の(1)の傷害の部位及び程度並びに治療状況に鑑み通院分として金一二〇万円、右(二)の(2)の後遺障害の部位及び程度に鑑み後遺障害分として金一九万円の合計金一三九万円が相当である。
(5) 損害の填補 金六九万円
原告は、本件事故による損害に関し、自動車損害賠償責任保険(以下、自賠責保険という。)から金六九万円を受領した。
(6) 弁護士費用 金四〇万円
被告らは、原告に対し、本件事故の結果原告の蒙つた損害を任意に賠償しないため、原告は、弁護士である原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任せざるをえず、相当額の着手金及び報酬の支払義務を負担することを余儀なくされたが、その内金四〇万円が、本件事故と因果関係を有し被告らに対し賠償を請求しうる金額である。
よつて、原告は、被告らに対し、各自、金四三一万六四四四円及びその内弁護士費用を控除した金三九一万六四四四円に対する本件事故発生の翌日である昭和四六年五月一三日から支払いずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) (一)の事実は認める。
(二) (二)の事実は知らない。
(三) (三)の事実は否認する。
(四) (四)の事実中(5)の事実は認め、その余の事実は知らない。
三 抗弁
(一) 原告は、昭和四六年五月二九日、被告松本と、本件事故に関し、つぎのとおりの条項により示談をした(以下、右示談を本件示談という。)。
(1) 本件事故の結果原告の蒙つた損害を、被害車破損修理代、治療費、休業損害、慰藉料その他一切を含め、金五二万五〇〇〇円とする。
(2) 被告松本から被害車が使用不能となつたことによつて原告が支出した交通費として既に原告に対し支払われている金一万五〇〇〇円を右示談金の一部に充当するほか、被告松本は、原告に対し、残金五一万円の内金四〇万円を右示談成立と同時に支払い、内金一万円を昭和四六年六月二日に、内金一〇万円を同年九月末日より毎月末日限り各金一万五〇〇〇円宛に分割してそれぞれ支払う。
(二) 被告松本は、原告に対し、右残金五一万円の内金四四万円を支払つた。
四 抗弁に対する認否
(一) (一)の(1)の事実中示談金額を金五二万五〇〇〇円とする示談が成立した事実及び同(2)の事実は認め、その余の事実は否認する。本件示談は、本件事故によつて原告の所有していた被害車が破損した結果原告の蒙つた被害車価格、休車補償等いわゆる物損のほか示談当日までにかかつた治療費の前納金のみを含めた損害についてのものであつて、その後の治療費、慰藉料、休業損害等の人身損害については、本件示談の効力の及ぶ範囲に含まれていない。
(二) (二)の事実は認める。
五 再抗弁
(一) 仮に人損が本件示談の効力の及ぶ範囲に含まれているとしても、原告は、その旨の説明を示談の仲介者である訴外岩本房信からはもとより誰からも受けておらず、さらに原告は、被害車を下取りに出し、その下取り価格に被告松本から支払われる金員を上積みして新車を購入しようとの意図で本件示談をしたものであつて、人損については当時全く考慮していなかつた。従つて、原告のした本件示談の意思表示は、その重要な要素である治療費、休業補償費、慰藉料まで含むとする点において、原告の錯誤に基づいてなされたものであつて、無効である。
(二) 仮に人損が本件示談の効力の及ぶ範囲に含まれているとしても、少くとも後遺障害の結果原告の蒙つた損害については、本件示談当時原告には予見不可能なことであつたから、これは本件示談の効力の及ぶ範囲に含まれない。
六 再抗弁に対する認否
すべて否認する。
七 再々抗弁
仮に原告のした本件示談の意思表示が錯誤に基づくとしても、交通事故による傷害の発生及びその程度については、事故直後に安易に判定すべきではないのに、原告は、著しく慎重を欠き、示談交渉を当時の内縁の夫である訴外田村一夫や自動車セールスマンである岩本に一任をして、人身損害につき慎重な配慮をしないまま、新車購入のため、事故後極めて短期間に本件示談を成立させ、かつ、何の限定を加えないまま一切の損害についての示談書に署名したので、原告には錯誤につき重大な過失がある。
八 再々抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠〔略〕
理由
第一本件事故の発生
請求原因(一)の事実については、当事者間に争いがない。
第二被告らの責任原因
一 弁論の全趣旨によれば、被告三枝が、本件事故当時、加害車を所有していた事実を認めることができる。そうすると、特段の事情のない限り、被告三枝は、本件事故当時、加害車を自己のため運行の用に供していたことになる。本件においては、右の特段の事情の存在を窺うべき何の証拠もない。従つて、被告三枝は、自賠法三条本文により、原告が本件事故の傷害の結果蒙つた損害を賠償する責任がある。
二 およそ自動車を運転する者には、交差点において左折する場合、あらかじめ減速して進行道路左側から交差道路左側に自車を安全に進行させ、急に転把してハンドルをとられ交差道路右側に進出したりしないようにする注意義務があることはいうまでもない。前記のとおり当事者間に争いのない請求原因(一)の(5)の本件事故の態様に照らせば、被告松本が、右注意義務を怠り、十分減速しないまま突然左折して転把不十分のまま加害車を原告進行道路右側に進出させ、よつて本件事故を発生させたことは明らかである。よつて、被告松本は、民法七〇九条により、原告が本件事故の結果蒙つた全損害を賠償する責任がある。
三(1) 被告らは、原告と被告松本が、本件事故に関し示談をし、その中で原告が本件事故の傷害の結果蒙つた損害についても紛争の解決がなされたと主張する。そして、原告が、昭和四六年五月二九日、被告松本と、本件事故の結果原告の蒙つた損害を金五二万五〇〇〇円とし、その支払方法につき抗弁(一)の(2)のとおり約定して示談を成立させた事実は、当事者間に争いがない。さらに、成立の真正につき当事者間に争いのない乙第一号証には、右示談の成立により「今後本件に関しいかなる事情が起りましても、両者はそれぞれ相手方に対し、何等の異議、要求は勿論のこと訴訟等一切いたしません。」との約束がなされた旨の記載があり、右の両者が原告と被告松本を指すことは右乙号証の文言上明らかであり、また、証人岩本房信の証言及び被告松本本人の供述中には、右金員に、原告が本件事故の傷害の結果蒙つた治療費、休業補償、逸失利益、慰藉料等の損害も包含されているとの被告の主張に沿う部分がある。そうすると、原告は、右示談の成立により、原告が本件事故の傷害の結果蒙つた損害につき、右金員を越える部分を放棄した如くみえる。
(2) しかしながら、交通事故の後短期間のうちに、全損害が正確に把握し難い状況のもとで、人身損害につき少額の賠償金をもつて満足する旨の示談が成立したが、将来具体的な金額として逐次現実に把握されていく人身損害が右賠償金をはるかに越えることになつた場合には、人身損害についての賠償請求権の内右金額を越える部分が、その示談により一切放棄されたといいうるためには、事故につき被害者にも過失がある等賠償額を減ずべき相当の事情のない限り、その旨の表示が特別に書面に記載されている等、当事者の意思が明確に認定される必要があるというべきである。右のような場合の通常の当事者の意思は、傷害が、右の少額の賠償金におおよそ見合う程度と経過で治癒するであろうと予想し、自己の有する損害賠償請求権をその範囲内に限定して確定し処分するものであると考えられるからである。
(3) そこで、これを本件についてみると、前記乙第一号証、いずれも成立の真正につき当事者間に争いのない甲第一七号証及び乙第三号証、証人岩本房信及び同田村一夫の各証言、原告本人の供述(第一、二回)並びに被告松本本人の供述(証人岩本の証言及び被告松本本人の供述については、いずれも後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、次のとおりの事実を認めることができる。
被害車は、原告の所有するものであつたが、新車で購入後まだ二か月程度しか使用していない内に、本件事故に遭遇した。被告松本は、本件事故当日である昭和四六年五月一二日、原告方に赴き、早速原告の要求を尋ねたところ、原告は、被害車が新車同様であるので、これを新車と買い替えて欲しい旨要求した。その後被告松本は、同年同月一六日、原告方に赴き、原告に対し、被告松本としては原告が被害車を修理して使用することを希望する旨を伝えた。こうして、その後も何度か話し合いが持たれたが、結局右の被害車の破損についての紛議が決着つかないまま、同年同月二九日、原告方に、原告、被告松本、当時原告と同棲していた訴外田村一夫、原告が被害車を購入した際のセールスマンである訴外岩本房信及び被告松本の兄である訴外松本喜博が集まり、本件示談の話し合いに入つた。そこでの原告の当初の要求は、被害車を新車に買い替えるため金八〇万円を負担して欲しいというもの、被告松本のそれは、被害車を修理しその代金として金一五万円を負担するにとどめて欲しいというものであつたが、結局岩本の斡旋により新車に買い替え、被害車の下取り、その割賦金の処理等を含めた新車購入の手続きを岩本に依頼し、被告松本がその費用として金五〇万円を負担することとなり、これに、被告松本が原告に対し被害車の休車補償として既に支払いずみであつた金一万五〇〇〇円及び原告が橋爪病院に対し医療費の前納金として既に支払いずみであつた金一万円を加算し、本件示談の金額を金五二万五〇〇〇円とした。そして被告松本は、原告に対し、持参した金四〇万円を交付し、右医療費前納金一万円は同日から四日以内に支払うこととし、残金一〇万円につき、被告松本と松本喜博は、それぞれ主債務者と保証人として、原告に対し、連署のうえ、右金員を「車両事故弁済額の残債分」と表示して遅怠なく支払う旨の誓約書を差入れた。当時の原告の症状は、多少頭部と頸部に痛みがあるが、間もなく軽快するであろうと予測される程度にすぎなかつた。
被告松本本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし採用しない。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(4) 以上の事実によれば、本件示談は、本件事故発生後一七日しか経過しないうちに、原告が本件事故の傷害の結果蒙つた全損害が正確に把握し難い状況のもとで、右傷害につき金一万円の賠償金をもつて満足する旨のものとして成立したことになり、原告は本件示談当時右傷害が右金一万円の賠償金におおよそ見合う程度と経過で治癒するであろうと予想し、これが後記認定のような経過を辿るとは到底予想していなかつたといいうるし、かつ前記本件事故の態様に照らせば原告には本件事故につき何の過失もないというべきであり、又原告が本件事故の傷害の結果蒙つた損害が右金一万円をはるかに超過するものであることは後記認定のとおりであるから、本件示談の成立により原告が処分したのは、物損のほか右傷害による損害としては、右金一万円の賠償金に見合う部分のみであつて、右超過部分までを放棄したということは到底できない。右乙第一号証によつても右放棄を認めることはできず、他に右放棄を認めるに足りる証拠はない。証人岩本房信の証言中右放棄の主張に沿う部分は、意見にわたるものであつて採用しない。
四 よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告は、本件事故の傷害の結果蒙つた全損害につき、その賠償として、それから右金一万円を含む既払分を控除した金員の支払いを被告らに対し請求することができることになる。
第三原告の損害
一 成立の真正につき当事者間に争いのない甲第二〇号証並びに原告本人の供述(第一回)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第三ないし第五号証、第七、第八号証、第九号証の一、第一〇ないし第一二号証、第一五号証の一ないし三によれば、次のとおりの事実を認めることができる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。
原告は、本件事故の衝突の衝撃により、頸部捻挫、背部及び腰部挫傷、両膝部挫傷、右膝部擦過症の傷害を受けた。右傷害は、事故後徐々に軽快するであろうと予測され、本件事故後約一か月半経過するまでは、各部位の苦痛もさほどではなかつたが、そのころから頭頸部及び両膝部の苦痛が増強した。そして原告は、右傷害の治療のため、次のとおり通院した。
(1) 橋爪外科医院に昭和四六年五月一二日から同年八月二八日まで実日数三二日間
(2) 名倉堂三角接骨院に昭和四六年一〇月一三日から同年一二月一日まで実日数三一日間
(3) 服部施術院に昭和四六年一二月一一日から昭和四七年三月六日まで実日数六〇日間
(4) 横浜市立大学医学部付属病院に昭和四八年五月二八日から昭和四九年七月二二日まで実日数一九日間
こうして、原告は、結局昭和四九年七月二二日、横浜市立大学医学部付属病院において、上肢の病的反射陽性、四肢の腱反射軽度亢進という障害を残して治癒し、その結果バレー症状と軽度の脊髄障害を認め、作業能力の低下があり、日常生活にも支障をきたすとの診断をされるに至つた。
二 次に、原告の症状が固定した時期につき判断する。前記甲第二〇号証によれば、原告の症状は、右一の(4)の横浜市立大学医学部付属病院に通院中、特に何の変化も示していないことが認められるから、右事実に照らせば、原告の症状は、右一に認定のとおりの障害を残して、既に右通院の開始の時である昭和四八年五月二八日以前に固定していたと認めることができる。そして、原告本人の供述(第一回)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一八、第一九号証によれば、原告は、本件事故後、当時の勤務を休業していたが、昭和四六年一二月から、訴外三信商事株式会社に勤務するに至つた事実を認めることができる。右事実に照らせば、原告の症状は、本件事故後およそ七か月間の経過により、固定したと認めることができる。そして、その日を確定するに足りる証拠はないが、右甲第一八号証によれば、原告が同年一二月中の給与として一二日分の支給を得た事実を認めることができるから、計算の便宜上これを同年同月一二日と想定して以下の検討をすすめることにする。右の原告の傷害の治癒の経過に照らせば、甲第一一号証中の症状固定日の記載によつても右認定を覆えすことはできず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、後遺障害が固定した後に費した治療費については、その障害の悪化の防止の必要等特段の事情のない限り、これを事故と因果関係のある損害ということはできず、本件においては、そのような特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、原告の費した治療費中本件事故と因果関係があつて被告らに対し損害として賠償を請求できるものは、右一の(1)及び(2)の通院に限られることになる。右一の(3)の通院の一部は、右七か月の期間内になされているが、その部分は極めて短期であり、治療費につき右部分のものを分別する資料がないから、この部分は無視する。
三 そこで、原告が右傷害の結果蒙つた損害の金額につき判断する。
(1) 治療費等 金一一万八〇〇〇円
前記甲第四号証、第九号証の一、第一五号証の一ないし三並びに原告本人の供述(第一回)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一四号証によれば、原告が、右一の(1)の通院により橋爪外科医院に対し治療費、診断書料及び明細書料として合計金八万五二〇〇円の支払いを余儀なくされた事実及び右一の(2)の通院により名倉堂三角接骨院に対し治療費として金三万二八〇〇円の支払いを余儀なくされた事実を認めることができる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。しかし、その後の通院治療費を被告らに請求できないことは、右二に判示のとおりである。又、前記第二の三に認定の原告が橋爪外科医院に前納した金一万円は、右甲第四号証の記載の性質上右金八万五二〇〇円に含まれていると考えられる。そうすると、原告が治療費として蒙つた損害は、右合計金一一万八〇〇〇円となる。原告主張の交通費については、これを認めるに足りる的確な証拠がない。
(2) 休業損害 金五一万七三六三円
前記甲第一九号証及び原告本人の供述(第一回)によれば、原告が、本件事故当時、株式会社不動産みやこ屋建設に勤務し、三か月分を合算すると本給として金一四万一〇〇〇円、付加給として金八万〇七二七円の給与を得ていた事実及び本件事故傷害により事故後昭和四六年七月二五日まで同会社を欠勤し、その後も前記二に認定の就職に至るまで稼働できなかつた事実を認めることができる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。右就職の日を確定するに足りる証拠はないが、同時に前記二に想定した同年一二月一二日以前であることを認めるに足りる証拠もない。
そうすると、原告は、本件事故の傷害の結果七か月間の休業を余儀なくされ、別紙計算表(2)記載のとおり金五一万七三六三円の収入を得られず同額の損害を蒙つたことになる。
(3) 逸失利益 金四八万三〇八九円
前記甲第七、第一八号証及び原告本人の供述(第一回)によれば、原告が、前記二に認定のとおり症状が固定し再び勤務を始めた後において、前記一に認定の後遺障害の結果、以前と同様の勤務ができず、この状態は、少くとも昭和四九年八月九日まで継続した事実を認めることができる。甲第七号証には、原告が、同年五月一〇日、同日から同年八月九日まで休業加療を要する状態にあつたと診断された旨の記載があるが、前記一及び二に認定の原告の傷害の治癒の経過に照らせば、右休業加療が一切の労働能力の喪失を意味するとは考えられず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。しかし、そのような診断をされた事実に照らせば、右同日の後もなおしばらくは勤務に影響の残る期間が続いたと認めることができ、その終期を、計算の便宜上同年一二月一一日と想定する。以上の事実と前記一に認定の昭和四九年七月二二日当時の原告の後遺障害の程度とを合わせ考えれば、原告は、前記二に想定した昭和四六年一二月一二日、後遺障害により労働能力を一〇パーセント喪失した状態で症状が固定し、その状態は以後三年間継続したとして、後遺障害により失つた得べかりし利益を算定するのが相当である。そして、現在の勤労者の給与が昭和四六年当時と比較して少くとも二倍になつていることは公知であるから、この点を考慮に入れて原告の逸失利益をライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して現在の水準により算定すれば、別紙計算表(3)記載のとおり金四八万三〇八九円となり、原告は得べかりし利益の喪失として同額の損害を蒙つたことになる。
(4) 慰藉料 金一〇〇万円
前記認定のとおりの本件事故の態様、原告の傷害及び後遺障害の部位及び程度、その他本件にあらわれた諸事情を総合勘案すれば、本件事故によつて原告が蒙つた精神的苦痛を現在慰藉するには金一〇〇万円が相当である。
(5) 損害の填補 金七〇万円
原告が、本件事故による損害に関し、自賠責保険から金六九万円を受領した事実は当事者間に争いがなく、かつ前記乙第三号証及び原告本人の供述(第二回)によれば、原告が、被告松本から、前記第二の三に認定の橋爪外科医院に対する前納金一万円を受領した事実を認めることができる。従つて、前記第二の四に説示のとおり、右合計金七〇万円を原告が本件事故の傷害の結果蒙つた損害から控除しなければならない。
(6) 弁護士費用 金一五万円
弁論の全趣旨によれば、請求原因(六)の事実を認めることができ、本件訴訟の経緯及び認容額に照らせば、原告が負担した弁護士費用の内本件事故と因果関係を有し被告らに対し賠償を請求しうる金額は、金一五万円とするのが相当である。
第四結論
以上のとおり、原告は、被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として、前記第三の三の(1)ないし(4)及び(6)の合計金二二六万八四五二円から(5)の金七〇万円を控除した金一五六万八四五二円及びその内前記第三の三の(6)の弁護士費用を除く金一四一万八四五二円に対する本件事故発生の翌日である昭和四六年五月一三日から支払いずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるから、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 江田五月)
(別紙) 計算表
(1) 70,439円×12月×0.4×1.8614=629,352円
(2) (141,000円+80,727円)÷3か月×7か月=517,363円
(3) (141,000円+80,727円)÷3か月×12か月×2倍×0.1×2.72344803=483,089円